そんなCDの整理をしていたら今月号のミュージックマガジン誌が「CDはどこへ行く」という特集を組んでいる。激減しているCDの売上と言った事実を背景に、今後の音楽流通の行方やレコードショップのあり方、そしてCDはどうなるのかといったことについて色々と語られている。
まずは特集全体についてだけど、評論家の意見だけにとどまらず、ソニーのマーケティング・流通部門を担う子会社の社長などの経営陣からの意見や、ユニバーサルの社長兼日本レコード協会会長といった業界のドン的な人間も出ている。他にも小西康陽やレコードショップの店長などの座談会なんかもあり、各方面からの意見を比較的偏りなく伝えられている。
ひたすらミュージシャンやバンドの個人的な思いにフォーカスし続けるロッキングオンやMUSICA、半径3m以内の俺様解釈を垂れ流し続けるsnoozerなんかよりは遙かに視野が広くて読み応えがある。
こういった音楽業界自体のまとまった特集って、ミュージックマガジンが初めてじゃないかな。ちょっと前にクーリエが海外の音楽業界の特集の寄せ集めみたいなことをやっていたけど、クーリエは音楽雑誌ではないし。
で、次は内容自体について。
まず商品の選択についてだ。これはCDというパッケージを買うか、データのみを買うかという選択。編集部や音楽家はこのCDというパッケージに同情的で、CDというモノに対する愛着が伺える。
自分自身もそういうのは凄く分かる(昨日までケースをバカスカ捨て去っていたわけだけれども)。データだけで音楽なんて愛せないよ!と。自分の好きなミュージシャンのCDは手元に持っておきたいものだ!いや、そうであるべきだ!と。ジャニーズファンがデータだけで満足すべきか?否!レコード会社の、ジャニーズ事務所のあこぎな商売だと知っていても、大して差が無いないように思える全種類のジャケットを揃えるべきであるのだ!と。
でも、意外に、愛せる。
愛せるというか、気にならない。今時分が浸かっているPCのハードディスクにも贔屓のアーティストの曲が多く入っている。
自分を一般化させて何ら説得力はないのだけれども、俺みたいな比較的音楽が好きな人間ですら別に気にならないのだから、世の大半の人間は別にデータのみでも気にならないのでは?と思うのだ。そう考えると、CDというメディアの将来は大分暗いよねと思う。CDに対するフェチシズムなど大したことなくて、多くの人が現金に配信に乗り換えるのではないか?と。
というか、話が原点近くに戻って、音楽ってそんなに大事か?と思う。いや、俺は大事だと思っているよ。でも、俺だけじゃなくて、世間に生きる多くの人々の気持ちはどうなんよ?
また、自分に近い話で何ら一般性が無いのだけれど、例えば我が家の問題爺については、俺が生まれてこの方CDやらカセットやらを買っているのを見たことが無い。母親はたまに買うけどバーゲンのワゴンセールで小田和正、玉置浩二、徳永英明とかをたまに買うのみだ(わかりやすいなあ、無いものねだりというのが如実に出てるね)。音楽って大半の人にとって無くても困らないんじゃないかと思ってしまうのだ。三度の飯より重要なものなんてないでしょ?何か音楽を絶対視する人が多いけど、一つの産業として絶対に無くならないものとは言い切れないんじゃないかな?
話を戻す。2つ目の論点として、音楽の買い方の選択についてだ。つまり、レコード屋で買うか、ネット通販で買うか、配信で買うかだ。1つ目の論点と絡んでいて、CD⇒レコ屋orネット通販、データのみ⇒配信、という組み合わせになる。
で、問題は当然レコード屋の今後について。そしてレコード屋での買うという体験について強調しているのだけれど、これもどうかなあと思う。デパートの中にあるレコード屋とかじゃ体験もクソもないと思うんだけどね。外資系のデカイレコード屋はもう限られた場所にしかないし。それでも、座談会ではセレクトショップ的なレコード屋として生き残るなど具体策が出てて未来を感じさせる。
そして、音楽評論家に音楽作品の仕入れ形態についてのアンケート調査を行っており、店頭、ネット通販、ネット配信、その他でパーセンテージを問うているのだけれども、ムードマンのコメントが印象的だ。他の評論家がCDという形態、レコ屋という流通に対しての思い入れを語ったり、「どっちでもいいや」というのが大半なのだけれども、彼はネットでデータとしての音楽を見つけるなかでも、薄暗い倉庫の中で7インチを漁る物色する感覚が蘇るという。コスト面での優位を語られることが多いなか、データ配信の新しい面白さという点で肯定的に評価している。俺もitunesのセレブレティリストや他人のimixなんかを聞いて新しい音楽に巡り合ったりしているので納得出来る。
順序が逆になったが、俺自身のスタンスは基本的に時代の流れみたいなものに逆らえないという立場だ。「音楽はかくあるべし」「音楽はこう聴くべき」「音楽はこう買うべき」なんてあるべき論は大して効果が無いだろう(そう考えるとあるべき姿が無いんだから、俺はマクロ的な音楽産業全体について問題がないと思っていることになるな)。多くの人が自分達のコストや音楽に対する価値というものを勘案して自分達にあったものをチョイスしていくだけだろうし、レコード会社やレコード屋といった供給サイドもそれに合わせて形を変えていくのだろうと思う。